椅子に座って語るな

アメリカでデザインを勉強していた学生時代、部屋には日本から取り寄せたデザイン雑誌がたくさんあった。そこに出てくる有名アートディレクターが学生時代の僕にはとてもまぶしくて、いつか自分もそうなりたいと思っていた。自分の作ったデザイン作品並べてさ、その前で椅子に座って腕くんで語ってるの、カッコイイなぁ、って思ったよ。

でもここ数年で、そういうのがやけにダサく見えてきたというか、こういうのって違うなと強く思うようになってきたんだよね。それはグラフィックデザインに限らず、音楽であれ、アートであれ、はたまた全く違う業界であれ同じで、そうやって椅子に座って難しい顔しながら立派なこと語ってるような人に、すごい違和感を感じるの。

それは仕事を始めて10年くらいたって、ある程度この業界のことがわかってきて、学生時代のようにピュアに憧れることがなくなったことも要因だろうけど、一番大きいのは、やっぱりデジタルの力をマザマザと見せつけられていることだよね。

デジタルの力は今さら説明するまでもないけど、昔だったらデザイナーになるのに、学校行ったり、道具そろえたり、会社でアシスタントしてこき使われたり、いろいろ大変で、やるからにはそれなりの覚悟と根気、あとそれなりのお金が必要だったわけじゃない。だから僕らの世代くらいまでは、そういう志のある人たちが、それなりのルートを通ってデザイナーになる、みたいなのがあったのよ。

でもデジタルによって、マックとAdobe Creative Cloudくらいあれば、誰でもできるようになっちゃった。それでとりあえずデザイン好きだからやってます的なデザイナー(俺らからみるともどき)もどんどん参入するようになってきた。

当然それまでちゃんとデザイナーやってた人たちは気に食わないよね。
それで「そんなんじゃ通用しねー」「デザインをなめんな」「プロの世界は甘くない」的なこと言っちゃうわけなんだよね。

ただどうだろう、本当にそれで通用しないなら、すぐに淘汰されるはずじゃない。でもそれでもやれちゃうのがデジタルの力なんだよね。しかもやりようによっては、本職デザイナーの人たちよりも活躍しちゃう可能性だって十分にある。知識や能力の不足分を補ってくれる上に、技術と経験という、今までだったら時間をかけて手に入れるものを簡単に凌駕し、極端に言えばワンクリックで同じことができてしまう。

つまりにそれなりのセンスと熱意があれば、長年続けてきた「プロ」と言われる人たちにすぐ追いつき、抜くこともできる。それにより、業界は流動的になり、業界という枠組み自体やプロとアマの境界もどんどんファジーになっていくのは確実だろうね。

だからそんな時代に、椅子に座ってその業界のことを難しい顔して語ってて、大丈夫か?とか思っちゃうんだよね。更にそこでプロとしての精神論とか語ってたらホントにヤバイ。それ、盛りを過ぎたおっさんが若者に「昔の俺はスゴかった話」してるのと同じくらいヤバイよ。

どこの業界もそうかもしれないけど、働いてるとやけに偉そうな人がいるんだよね。僕らの業界だったら「俺デザインよくわかってる」的な人。「こうじゃなきゃプロじゃねー or デザイナーじゃねー」みたいなこと言っちゃう人。こういう人を僕は「椅子に座ってる人だな」とか思うの。

このデジタルがどんどん加速して社会を変えていく時代に、今の自分の椅子が5年後、10年後、はたまた来年まだ残っているかどうか誰もわからないのに、その椅子に座って威張ってるのって、滑稽だよね。

しかし逆に考えれば、がんばればどの椅子にでも座れるし、自分で椅子を作ることだって可能なわけじゃない。僕はその可能性にすごいワクワクしてるんだよね。熱意とやりようでどうにでもなる世界ってすごく面白いよね。どこにでも行けるし、何でもやれる。最高だよ。当然多少の苦労はあるだろうけど、別にいいでしょうそんなの、好きなことやるためなら。

そして同じくその可能性を追って動いている人が僕は好きだし、共感する。当然彼らは椅子には座っていない。てかまだ椅子がない。周りの理解も得られていないかもしれないし、うまくいくか自分でも確信はできていないだろう。でもみんな楽しそうなんだ。少なくともいつ椅子がなくなるかヒヤヒヤしながら椅子にしがみついている人たちよりかは10倍くらい生き生きしている。

現代を楽しく生きるってここだと思うんだ。椅子に座らないこと。そして自分のやりたいことをリミットをかけずに追い求めること。逆に椅子に深く腰掛けちゃって、ふんぞり返っちゃったりしてる人とか、そこで立派なこと語っちゃってる人は危ないだろうね。これからデジタルを味方にできるか、はたまた敵になってしまうかで、今後の人生大きく変わるよきっと。

椅子に座って語ってる時間があるなら、立って動くべきだ。と文末で自分に言い聞かせる。

以上おしまい。