新春マンダラ的人生観の話 – スタートとゴールは同じ形をしている

何年か前に、仏教に精通してる方から「曼荼羅(マンダラ)」についての話を聞きました。曼荼羅は仏教の世界観を視覚的に描いたいわば宗教画であり、その種類は多種多様ですが、曼荼羅で大切なのは「一枚絵」だということらしいんですね。

仏教の道に入った修行僧が修行を積み、悟りに至るまでの過程が一枚絵になっている曼荼羅が示すのは、「すべて同じ形をしている」のだと。

つまりスタートとゴールは相互に作用し合っており、「同じもの」だということですね。

この概念に僕が共感したのは、時間軸を取り払えることです。時間というのは厄介なもので、まだ時間があると思うと人はやることを後回しにしたり、時間がないと思えばやることを制限したりします。どちらも本当の自分の人生を生きておらず、現代人の不満や不安の源はそのあたりにあるのではないかと思うのですね。

永遠に「道半ば」で、その途中で人生が終わってしまうのではないか、という恐怖が常に付きまとい、みんな「まだ足りない、まだ足りない」と焦り、人と比べたり、外からの評判にビクビクしながら生きているわけです。

そんな「空白」を埋めるためには、曼荼羅的な発想をしたほうがいいと思うんですよ。平和な世界を望むならまずは自分が平和でなければいけないし、幸せになりたいなら、「幸せな人間」でなければなりません。同じく何かで成功したいなら、もう成功している自分でいなければならないわけですね。

一枚絵として現在と未来は相互に作用していますから、目標としている自分と時間軸を超えて同期するように努めれば、おのずと今やるべきことや知るべきことの取捨選択はできるでしょうし、外部に惑わされることなく、自分に集中することができるはずです。

野球のイチロー選手やサッカーの本田圭祐選手、ゴルフの石川遼選手がさすがだなと思うのは、もう子どもの頃に自分が一流選手であると決めていたことですね。
本田圭佑、イチロー、石川遼の卒業文集がヤバすぎると話題に! – NAVER まとめ

ビッグマウスだろうが、無謀だろうが、そんなことは関係ありません。自分がこうしたい、こうなりたいと思ったら、もうすでにそうなっているのです。「これからなる」のではなく、「もうなっている」ことが重要です。ゆえにそこに空白はありませんし、成功も失敗もありません。ただ自分が為すべきことがあるだけです。一枚絵ですから。

そう考えると、夢や目標は立てたり描いたりするものではなく、「決める」ものなんでしょうね。決断できるかどうかが、人が主体的に生きられるかどうかの唯一の分かれ道なのでしょう。

今年の目標や抱負を多く目にするこの時期は、いつもこの曼荼羅の話を思い出すので書いてみました。僕は年初めに具体的な目標を立てることはしませんが、自分の曼荼羅からずれた考え方、生き方をしていないかだけは入念にチェックするようにしています。

それでは皆さん良い2017年をお過ごしください。

ちなみに世界は本当に曼荼羅的かもしれない、という研究もあるみたいです。実に興味深く、面白いですね。
時間は流れてはいない。止まった状態で現在・過去・未来が同時に存在している。「スポットライト理論」(米研究) : カラパイア

 

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