場所性とパラレル自己(場所の数だけ自分がいる)

もう10年以上前の話で、詳細は忘れてしまったが、とある老齢の外国人建築家に関するテレビ番組を見ていた。その建築家が何十年ぶりかに故郷を訪れ、その様子を取材するような内容だったが、街はすっかり変わっており、拍子抜けしたような顔をしながら歩く建築家。しかし少し郊外に行くと、彼の表情が変わった。廃校になった母校が、そのまま残っていのだ。

その母校の中を歩いている間、彼はただ涙をボロボロこぼし、一言も発することはなかった。関係のない僕には単なる崩れ落ちそうな廃墟にしか見えないけれども、彼はその廃墟を通じて「別の何かを見ている」、そんな風に思えた。

「自分探し」が旅の代名詞となって久しいが、僕は「自分探し」ではなく、「自分拡張」なのではないかと、経験をもとに思っていた。

人間は他の生き物と同様、環境によって形成されるわけだから、不変的な自己なんてものは存在せず、環境が変われば、自分も必ず変わる。極寒の地で雪を眺めている自分と、常夏の島で海を眺めている自分が、同じでいられるはずがない。それは文化や言語が違う場所でも同様だろう。

そうやって新たな環境に行くことで、新しい自己を見出し、自分自身を拡張していく、旅とはいわば自分を「上書き保存」していくような作業だと思っていた。

しかし最近、それは「上書き保存」ではなく「別名で保存」なのではないかと思うようになってきた。つまりそれぞれの「場所」に、それぞれの「自己」が保存され、行った場所の数だけの自己が、パラレルに存在しているのだ。

自己という意識が、記憶による総合体であるならば、記憶とセットになって存在している環境は、自己の断片ともいえるし、自分にとっての場所性とは、すなわち自己そのものなのではないか。

そんな風に思うようになったのは、去年、10年ぶりに昔住んでいたアメリカのフィラデルフィアという街を訪れたからだ。住んでいたアパート、通っていた学校やオフィス、よく歩いた公園、ストリート。そういう馴染みの場所に行くたびに、まるでPCで保存していたファイルを開くかのごとく、あの頃の自分が自分の中に戻ってくるのだ。

懐かしい場所を訪れるということは、当時の自分というデータを再度開き、現在の自分と、当時の自分という2者の会話を楽しむ行為といえるのではないだろうか。そして新たな自分というデータを保存し、僕はアメリカを後にした。

はじめの建築家の話に戻れば、廃墟となった母校で、彼はきっと青春時代の自分に再会したのだろう。そして懐かしすぎて感極まったのではないかと思う。僕にとっては単なる廃墟でも、彼にとってその場所は、彼そのものだったのだ。

人々にとって故郷という存在が、場所という概念では語りきれない、執着的な価値を持っているのは、そこに最も多感だった頃の自分がいるからだ。だからこそ僕は、故郷は一度は離れるべきものだと思う。親元のような故郷という一つだけの「場所」に住み続けることは、場所の選択肢を持てない意味で、災害の多いこの国ではあまりにも危険だ。東日本大震災は、それが露骨にさらされた災害だったと思う。一つの場所しか持たない人々の、自己の分断、そして行き場の喪失は、どんなに復興が進んでも、癒されることはないだろう。

逆の例でいえば、パートナーとの死別など、大きな不幸が原因で、海外など全く違う場所に引っ越してしまった人を数人知っているが、そうやって耐え難い記憶を内包している場所から物理的に距離を置き、新しい場所で新しい生活を始めるのも、移動できる時代の知恵なのかもしれない。僕もアメリカに来た時は、全てがゼロからの生活で、やけに清々しい気分だったことを思い出す。

僕は今東京と福岡という2拠点生活を送っている。何度も往復しているので、その2つの街に精神的な距離はまったくなく、どちらも完全なホームになっている。そして10年の月日が流れようとも、フィラデルフィアは相も変わらずホームだったし、他にも長く滞在した街はどこもホームに違いない。そこには当時の自分が保存されているので、たとえ外国でもアウェイにはなりようがないのである。今は2拠点だけれども、将来的にはもっと増やして、移動するように暮らせるようにしたいし、それは難しいことではないと思う。

様々な「場所」を経験することによって、「自己」はクラウドのようにパラレルに保存され、身体という「出力機」は移動によって、様々な自己と対面する。そんな地球規模にデジタル化された「自分」を活用するのが21世紀的な人間の在り方、楽しみ方なのではないかと思う。次はフィラデルフィアとは別の場所にいる自分にも、会いに行ってみたいものだ。

 

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