シングルファーザーをやってみるとわかること

下記のブログ記事は、世のイクメン方は必見ですね。

夜泣きする赤ちゃんの面倒を見た僕は、褒めてもらえると思ってた。

簡単にまとめると、育児を頑張っている夫が、「俺、育児これだけ頑張ってるから感謝してほしよな〜」と奥さんに得意げに言ったら、「育児が母親の仕事みたいな言い方はやめて」「これはあなたの子でもあるのよ」と予想外の反発を受けてしまってショック!という話です。

これはあくまで僕調べですけど、このような夫の「やってやってる感」に頭に来ている女性は相当多いです。

一方、夫のほうはこのブロガーのように、「頑張ってる俺!」「俺のおかげで妻は助かってるはずだ!」と思ってしまっているのでしょう。でもそれはそれでまぎれもない事実であって、「感謝してほしい」と思う気持ちは、わからなくもありません。

ただこれが仕事や家事だったら、まあ多少は許されるのでしょうが、育児となると、完全に御法度でしょうね。

なんで男の僕がそんなことを言えるのかといえば、妻が仕事で家をあけることが多く、「シングルファーザー」になる機会が頻繁にあるからです。

■1週間シングルファーザーやればわかる

妻は職業柄出張が多く、2〜3日家をあけることはよくあり、1週間くらい外国に行くこともあります。その時は当然子どもの面倒を僕一人で見ることになるわけですが、それを続けるうちに、わかってくるんですよね。「子育ては一人でするもんじゃないな」と。まさに理屈ではなく身体で。

社会のほとんどのことは、一応それなりのルールの下で動いているわけで、どんなに大変であろうと、そのルールに乗っ取って対応すれば、たいていのことは解決するし、場合によっては最終的に「匙を投げる」こともできるわけです。

それに対して育児では、ルールなしの流動的な変化に、時間を問わず対応を強いられることになります。一切のエクスキューズは通用しない、問答無用の24時間営業です。子どもがいる人は、いかに彼らが思うように動いてくれないか、を痛感していることでしょう。この手のストレスは、普段接している社会的なストレスとは別次元のものであり、慣れていないぶん、些細なことでもけっこう応えます。

そしてどうにもならない状況でも、匙を投げるなんてことはもちろんできません。ぐずる子どもに対して、「もう知らん勝手にしろ」とはいえず、どんな状況であれ、終わりの見えない暗中模索を辛抱強く続けるしかないのです。まさに修行です。

これを一人で何日も続ければ「子育ては一人でするもんじゃないな」「これを全部一人の責任で背負うなんて無理だな」と身をもって実感するわけです。イクメンは多くとも、このラインまでわかる(共感できる)イクメンはまだ少ないように思います。かたや母親のほうは、ほぼ全員わかっていることでしょう。

ここで夫の「やってやってる感」を浅はかさと、それに対する妻の反発の意味が繋がってくると思います。仕事や家事なら、いくらでも分担すればいいと思いますが、育児に関しては、タッグを組まなければ、とても対応できるようなものではありません。僕も男なので、「俺だって仕事を必死で頑張ってる!」的な言い訳もわからなくもないですが、育児はそれとは同列で比べることのできない、全く別次元の苦労を伴う仕事である、ということは認識しておく必要があるでしょう。

上記の記事のブロガーも、世のイクメン方も、年に一度くらいは妻を旅行にでも行かせて、全部一人でやってみるのもいいんじゃないですかね。「手伝う」のではなく、24時間一人体制で育児にガッツリ向き合えば、その本質は見えてきます。そして「お母さん早く帰ってきてくれ〜」になるし、むしろ感謝するのはこちらのほうだと、強制的に気づかされることになると思います。自分も勉強になるし、妻は喜ぶしで、一石二鳥です。

…とまあ偉そうにいろいろ書いてしまったわけですが、基本的にタッグを組んで頑張ることが、夫婦としての幸せだと思うし、育児の楽しさも「協力」の中に見いだされると思うんですよね。大変だから楽しいし、子どもの寝顔を安堵とともに愛おしく眺めてしまうのも、育児の醍醐味だと思うわけです。子どもがかわいく甘えてきてくれる時間は短いですから、なるべく夫婦でストレスなく堪能できるといいですよね。

 

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